Raise your standard!

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一緒に物事の基準を上げていきましょう。読めば元気になるブログ。

キラキラのサラリーマン生活

打ち砕かれた幻想

学生時代。まだ社会のことを何も知らない純粋な時。就職活動も終え、残りの学生時代を満喫していた。当時付き合っていた彼女とも色々な所にデートに行き、バイト先でも楽しく働きながら、社会人になったらもっとお金を稼いでもっと色々な経験をして人生を充実させていこう、そう考えていた。若い。若かった。

入社後、徐々に社会の厳しさを目の当たりにしていくこととなる。単純に、自分は無知であった。働いて生きて行くということがどういうことなのか、そして自分自身の能力や経験の浅さというものに。ドロドロした人間関係、自分の保身に走る上司、理不尽な要求、面倒くさい縦社会。甘いと言えば一言で済むが、キラキラしたサラリーマン生活像というものは一瞬にして崩れ去り、大げさに言えば先の見えた将来に軽い絶望すら感じたこともあった。

"自分の能力を活かしながら、時には辛いこともあるだろうが、成長しながらもエリートサラリーマンとして稼いで裕福な生活を送る"。そんな夢を見ていた。そもそも、自分はあらゆることに対して無知であった。世界で何が起こっているのか。世の中の構造。日本の歴史。自分が生きている世界のことを何も知らず、そして、自立して生きて行くことの大変さも知らなかった。年収が上がっていったとしても、独身であれば別だが、結婚しても余裕などない。親の老後のことも考える必要がある。今まで苦労してきてようやく社会人になったものの、自分の自由を失ったように感じてしまった。

サラリーマンというものは、思ったより不自由だった。勿論不自由の中にも自由があるが、もの凄く我儘で単純な視点から見れば、やはり不自由だった。社内の上下関係、取引先との関係、課される予算、転勤の可能性…。プライベートの時間も"付き合い"というもので奪われることもあった。僕はどんどんやりきれない気持ちになり、仕事をやめたい、転職したい、と思う日々が続いていた。

一方、苦しいことばかりではなかった。仕事上でもやりがいや達成感を感じたり、楽しいことも色々とあった。プライベートでも、学生時代では得られなかったお金のおかげで高級ホテルに泊まったり、美味しいものを食べたり、親孝行をしたりと色々と満喫することができた。ただ、上記のような不自由さを考えると、支配されているような、拘束されているような気持ちがどうしても嫌であった。

なんとかするのは自分だ。

自分の不満を環境のせいにしてしまうと、一生何も変わらない。それは分かっていた。分かっていながらも、何をすればいいのか、何から始めれば良いのか、イマイチ分からなかった。常に本を読んで正解を探し続けていた。そして、本を読むだけでは何も変わらないことを学んでいくだけであった。だが、当然インプットをし続けていることで、自分の知識や経験は広がりをもっていった。そして考え方も変えていくことができた。

何度も何度も繰り返し大事なことが何かを学んでいく中で、ようやく重い腰を上げた。とりあえず「行動」するようになったのだ。行動と言っても、まずは本に書いてあるメソッドやツールを「実践」することから始めた。何度も3日坊主で終わった。それでも「継続」が何より大事であることも学んでいた。だから、頑張って継続するように何度もトライした。

動くことで変わってくるもの

このブログでも紹介しているブレインダンプやA4メモ書き、マインドフルネス瞑想、リストアップ・・・色々試して継続した。すぐに効果を感じるものもあれば、なかなか効果を感じないものもあった。ただ、確実に自分の中身は変わっているように感じた。要は、「今の自分をしっかりと受け止め、自分の人生に責任を持つようになった」と言える。以前の自分は言い訳が多かった。全力でやらず、失敗を恐れて行動を避け、自分と向き合わないまま核心を避け続けてきた。そこを変えるようにした。

一番大きかったのは、自分のセルフイメージの低さに気付いたことだった。あるいは、自分が自分のことをどう思っているか、自分の思考の癖、自分がどのような観念をもっているか。これらの要素が自分の人生を作り上げている。単純な話だった。そこから、あきらめ癖があるところや適当な部分があるところ、詰めの甘さ、遠慮癖、自分の思い込み、自分の限界の設定等、どんどん改めていくようにした。今まで苦戦するような仕事も上手く回せるようになったり、業務の時間短縮を進めることが出来たり、人間関係の対応も大きく変わっていった。当然だが、やはり行動することが一番の特効薬となる。ただ、自分よりも凄いと思える人や良い生活をしている人、羨ましい環境に居る人はたくさん居る。そう、比較の話となる。

比較の罠にハマると、負のスパイラルに陥る。

下を見て満足しても、上を見たらキリがない。あるいは、比較対象は時間軸でも構わない。過去からは良くなっても、未来がどうなっているか分からない。だが、そうやって憂いていても何にもならない。比較というのは自分を成長させる要素でありながら、使い方を間違えれば只のネガティブ思考量産装置となる。基本的には比較などする必要はない。自分の目標をみつける、モデルを見つけるのは大事だが、その対象と比較をする必要は無い。自分より下を見て満足することで一時的に満たされるかもしれないが、その場合は上もみてしまうので結局苦しむことになる。とにかく、自分の人生は自分で決める意志と、結局は「今」を全力で生きる、全力で楽しむことが大切なのだ。何をどう言おうが、「今」が人生の最良なのだ。

「今を全力で生きる」

「今を生きる」と言われたらどのように感じるだろうか。正直に言えば、以前は何も感じなかったし、何なら「くさいな」と思うくらいに捻くれていた。だが、悩みに悩み、考えに考え、人生とは何かを思い巡らせ、色んな本を読んで出た結論として、何よりも大事なのは「今を全力で生きる」ことだった。なぜなら、僕たちは今という瞬間にしか存在しないし、僕たちの人生は「今」の積み重ねであり、その僕たちの人生を作り上げている瞬間というのが、今のこの瞬間だからだ。人はいつも今を生きていない。過去を振り返り、未来を憂い、他人と比較し、他人の顔を伺ってしまう。仕方がないと言えば仕方が無いし、時には必要なこともあるかもしれない。でも、そうじゃない。そう見えるしそう思われるかもしれないが、大事なのは自分を中心に今を生きること、それだけだった。

よく見かけるもので、「明日死ぬとしたら何をしますか?」という質問がある。別に明日じゃなくても、1か月後、3か月後、半年後、1年後、3年後でもよい。今自分が気にしているちっぽけなもの等、どうでもよくなるはずだ。そして、もっと一瞬一瞬を大事にしよう、1日1日を大事にしようという気持ちになってくる。このマインドが「今を生きる」ことに繋がる。

どのように生きていくか

こんなことを書きながら、僕も日常生活に飲み込まれていく事が多々あるけれど、それでも何度も何度も自分の考えを変えていくトライをしたり、継続できるように努力をして、少しずつ変えていくことが出来ている。今までの人生では考えていなかったが、こうやってこのような内容を発信するところにも至っている。引き続き、自分が悩んでいたことを解決した方法や、本当に効果があるメソッドやツール、考え方をどんどん発信していきたいと思っているし、自分自身も継続して常に成長していきたいと思っている。世の中の為になるような「価値」を創りだしていきたい。そう思いながら、これからも前向きに今を生きて行きたいと思う。